若松荘のラプンツェル

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中島 房子(仮名)さん   86さい

彼女に会うのは一苦労だ。

アポが取れない。ガラケーを持ってはいるが、めったに出てくれない。

仕方がない。アポなし突撃訪問で若松荘に向かう。

屋根のない鉄の階段を上って2軒目。小さなブザーを鳴らす。 

出ない。頼りない玄関ドアをノックする。 出ない。ほんとは居るくせに。

房子さんは夫の地元の村で暮らしていたが、その夫が早くに亡くなり、子はなかった。

村の親戚縁者からは厄介者扱いされたとか。この町にたどり着いたのは何十年もまえのこと。以来、親戚縁者との付き合いはない。房子さんはほとんど家に引きこもっている。

気が向けば玄関ドアを細目に開けてくれることもあるが、中には入れてくれない。「家の中を見られたくない」とのこと。 房子さんはすえた臭いがする。あまり風呂にも入っていない様子。腰痛があり、「立ってるのがしんどい」と、いつもどこかに寄りかかっている。「金がかかる」が房子さんの口癖。受診を勧めたときも(介護保険申請には主治医の意見書が必要です)そう言われた。ならば基本チェックリストを!これならお金かからないし、市町村の介護予防サービスを利用できます。

「どっちにしろサービス使うたら金かかる」。断られた。

 房子さんは週に3回程度、外へ出る。近所のスーパーへ、閉店時間の少し前、値引きされた弁当目当てに。  出直すか・・・。

階段を降り、アパートの裏手に回り、来た道を引き返す。ほんとは居るんでしょ?。恨みがましく振り返り2階の窓を見上げ「やっぱり。」片側全開の窓辺に優雅にもたれかかる房子さん。「金がかかる」ゆえに、恐ろしく長い灰色の髪が窓の下に垂れ下がる。   

「ラプンツェル⁈」  

 この夏、「房子ラプンツェル」が亡くなった。死因は脱水症からの腎不全だったそうです。そして驚いたことに房子さんの遺産は預貯金・タンス貯金合わせて1億円を超えていたそうです。  人の訪れることのなかった若松荘202号室。緊急連絡先に誰一人応じてくれなかった親戚たち。 

来るよ、房子さん。   来る。きっとくる・・・。    ありがとうございました。

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